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2007.03.13

クローバースタジオはプロデューサー不在だった

先日の「Game Developers Conference 2007」に登壇したカプコンの稲船敬二さん。彼がセッションの中で飛び出した「クローバースタジオ解散」についての質問に対して「自分は、クローバースタジオにプロデューサーが不在だったと思っています。そこが失敗でした。」とコメントしています。

何を言っているんだ!
クローバースタジオには稲葉敦志というプロデューサーがいたじゃないか!!
稲葉さんは無能だったってことを言いたいのか!?

みたいなことを言いたい人もいるでしょうが、稲船さんの話は もっともなものです

 

 

良質なゲームがつくられる背景には 企画に対するプロデューサーの「GOサイン」判断があるわけで。そして『大神』の場合は制作期間が最初の予定よりも延びてしまっていたにもかかわらず、発売予定を延ばしてまでも制作期間を延長。この判断をしたのがプロデューサーである稲葉敦志だったわけで。

つまり無事に『大神』が「商品」という形にして世に送り出すことが出来たのは、最終的にプロデューサーがしっかりと仕事をしていたから ということ。

 

しかし「商品」としての『大神』は 結果として多くの人たちの手に広まらなかった。それは「商品」として世に送る立場にあるプロデューサー稲葉敦志の失敗を意味していることも紛れも無い事実。

 

 

ゲーム開発における「プロデューサー」は、ゲームを「商品」の形にする仕事と、「商品」となったゲームをより多くの人の手に広める仕事。大きく分けてこの2つがあるのでしょう。

だから稲船さんの「プロデューサー不在」というのは、後者の意味でのプロデューサーがクローバースタジオにはいなかったということなのでしょう。

 

でもね、稲葉敦志プロデュースのゲームを挙げてみると『逆転裁判1~3』『鉄騎』『ビューティフルジョー』『大神』『GOD HAND』と、一癖も二癖もあるゲームばかり。それに今までに無いコンセプトのゲームを「商品」として成立させてきたわけです。『逆転裁判』だって「裁判」のゲーム化なんて企画段階でのウケは悪かったそうですし、『鉄騎』だって、あんなコントローラーつきのゲームを「商品」にすることが出来たこと自体が奇蹟です。

そうした流れで開発を続けてきたのがクローバースタジオです。ですからプロデューサーとしては基本的に「面白いゲームを創って、『商品』にして世に送り出す」ことが重要だったのでしょう。つまり「売り上げは二の次」で考えていたのだと思うのです

 

クローバースタジオは解散し、新会社SEEDSとして再出発したわけです。カプコンの子会社だったクローバースタジオ時代とは状況が違います。完全に独立したのです。独立したとはいえ基本的には「面白いゲームを創る」ことが重要ですが、これからは「創ったゲームがちゃんと売れる」ような仕掛けもなければなりません。ただ、「クローバースタジオ解散」「『大神』の文化庁メディア芸術祭大賞受賞」など、注目度はクローバースタジオ設立当時よりも高まっていることと思います

 

今の稲葉さんは GDC2007での稲船さんの言葉を とても重く受け止めているのだと思います。