庶民に迎合するつもりでゲームを批判するマスコミ
今のマスコミは、ゲームのことを批判すれば、庶民の意見を代弁できているって思っているんじゃないでしょうかね。
そんな時代は、終焉を迎えつつあると思うんですが、いかがでしょうか。
数年前までなら、やれゲームが凶悪事件を生んだ温床になっているとか言えば、一般庶民は「うんうんそうだ!」って納得できたと思います。
でも、任天堂がDSとWiiを発表したことで、その潮流は変わろうとしている‥‥いや、すでに変わっていると思う。
それまでの「大人」たちにとって、ゲームは言わば「ブラックボックス」であり、得体の知れない「物の怪」でもあった。子供たちは楽しんでいるようだけど、自分達にはゲームが一体何者なのか分からない。理解できない。
そして少年が犯した凶悪な事件がおきたとき、どうやらゲームがその原因らしいとマスコミは言うわけです。
ゲームは自分達にとって得体の知れない存在。何者か分からないものだから、そういうことにだってなりうるかもしれない。一般庶民はそう考えることもするでしょう。
でも、時代は変わった。
ゲームに触れる機会が増え、自分でもゲームを楽しむようになる人々が増えたことで、ゲームに対する「得体の知れなさ」は薄れつつある。
そんな状況で、やれゲームが悪だ何だとマスコミが訴えたところで、人々は共感するんだろうか?
いや、そんなことはないはず。
3月に土浦で起きた通り魔事件。犯人は格闘技ゲームにのめりこんでいた男だった。
…という情報だけが独り歩き。
ゲームは犯罪の温床。みたいな事をのたまうコメンテーターと称する人々。
そんな事を言っても、もはや人々は簡単には納得しなくなっていると思う。だって、もしそうだとしたら、自分自身も犯罪者になる可能性がある、ということを認めることになるから。
もはや多くの人々は、あの事件の根本的な原因は「ゲーム」ではないということに気づいていると思う。


大手新聞社サイトの深刻な実態が明らかに
朝青龍のバッシング以来、報道と国民のメディアリテラシーを何とかしないと、この国は本当にだめになってしまうという危機感がぬぐい切れません。 いじめなどの温床…
Posted at 2008.04.16 9:42 AM by むらログ