2009.05.14
【MGS4】それはソリッド・スネークを殺す物語
これまでの小島秀夫監督による「メタルギアシリーズ」の物語を端的に表現すれば、それは「蛇殺し」の物語だ。
『MG』『MG2』は「ビッグボス」=「ネイキッド・スネーク」という蛇を。
『MGS1』では「リキッド・スネーク」という蛇を。
『MGS2』では「ソリダス・スネーク」という蛇を。
『MGS3』では「ザ・ボス」(コブラ部隊)という蛇を。
では『MGS4』で殺した蛇とは誰だったのか?
それはとりもなおさず、「ソリッド・スネーク」(オールド・スネーク)だ。
誤解を恐れずに言えば、『MGS4』は「ソリッド・スネーク殺し」の物語だったのではないか。
実際には決して「ソリッド・スネーク」を殺す物語ではない。
だが「ソリッド・スネーク」という「伝説の傭兵」はこの『MGS4』で、死んだ。
己自身の手によって、己が「スネーク」であることをやめた。
「ソリッド・スネーク」自身の手で「ソリッド・スネーク」は殺されたのだ。
ただ、『MGS4』における「ソリッド・スネーク殺し」はそうした面だけでは終わらない。
「ソリッド・スネーク」は、彼以外の手によっても殺されている。
それは「メリル・シルバーバーグ」であり「雷電」であり、「オタコン」だ。
心理学には「親殺し」という言葉がある。
それは本当に親を殺める事ではなく、自立のための通過儀礼。
自らが自立するためには親の存在を超えるなければならないという考え方だ。
「蛇殺し」の物語である「メタルギアシリーズ」には
この「親殺し」の考え方も随所に取り込まれている。
主人公は「父」や「母」といった「越えなければならない存在」を「殺す」事で、己自身の新たなる人生の歯車が回り始めてきた。
「メタルギアシリーズ」は「蛇殺し」の物語であると同時に、「父殺し」「母殺し」の物語でもあるのだ。
『MG』『MG2』で「ソリッド・スネーク」は「ビッグボス」を殺し、生きる目的を見失う。
『MGS』ではさらに兄弟である「リキッド・スネーク」を殺し、何かの為に生きることを決意する。
『MGS2』では「雷電」が父親的存在である「ソリダス・スネーク」を殺し、遺伝情報にはないミームを未来に伝えようとする。
『MGS3』では「ネイキッド・スネーク」が「ザ・ボス」を殺す事で、兵士としての生き方に疑問が生まれた。
では『MGS4』ではどうだっただろうか。
「ソリッド・スネーク」は「ソリッド・スネーク」を殺す事で、傭兵としての生き方に終止符をうった。
だが「ソリッド・スネーク」が「越えなければならない存在」だったのは、「ソリッド・スネーク」自身だけではない。「メリル・シルバーバーグ」であり「雷電」であり「オタコン」だ。
彼ら3人は『MGS4』で何らかの方法で「ソリッド・スネーク」を越えようとしている。
「メリル」は、ヘイブン兵の猛攻からスネークをサポートしようとたった一人で銃を握った。
「雷電」はスネークが自爆型月光の自爆攻撃を受けそうになった瞬間、月光を破壊。スネークの代名詞とも言える「待たせたな」の台詞とともにスネークの前に颯爽と現れた。
「オタコン」は悲しみを乗り越え、「涙は既に涸れている」と口にした。これはかつてシャドーモセスでスネークが口にした言葉だ。
彼らにとって『MGS4』の物語は、「ソリッド・スネーク殺し」という名の「親殺し」だったのかもしれない。
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